知の創造

Haruka OSAKI's Blog

自分が独自の研究テーマを見つけるまで

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こんにちは。
オーサキ(@hara_no_mushi)です。
 
私は学部4年で卒業研究を始めるときに、指導教員から与えられたテーマではなく、自身で研究テーマを持ち込んでゴキブリ研究を始めました。
 
先日これについてTweetしたところ、詳しく聞いてみたいという声がありました。
 
 

学科紹介パンフレットには「先輩からのことば」というコーナーに寄稿と顔写真を頼まれたのでした。どう大学を選んだか、自分の研究テーマを見つけるために学部時代どう過ごしたか書きました。需要あるでしょうか…

こんな特殊な例に寄稿させて、来年の入学者が全員ゴキブリ信者でも、私は知りません。

— H. Osaki (@hara_no_mushi) 2020年5月2日

 

なので今回は、
学部生の私が、独自の研究テーマを見つけるまでにたどった道のりをご紹介します。
 
 
とりあえず時系列で並べていますが、
伏線がたくさんあって、整理しきれていない部分もあると思います。
 
それでも思い出せる限りすべて書き出したつもりですので、お役に立てれば幸いです。
 

1. 大学入学前:そもそも虫好きだった

子供の頃から虫が好きでした。
 
しかし、本格的な昆虫採集はしておらず、
大学入学して時間ができたら存分にやりたいと思っていました。
 
中学の頃、理科教員に総合の授業で虫の研究をしたいと言ったら、
いきなりマダガスカルオオゴキブリを買い与えられたんです。
 
これが私とゴキブリの馴れ初めでした。
 
今の研究のきっかけを与えてくれた当時の理科の先生には本当に感謝しています。
 
このときから、
「ゴキブリは自分の選択肢の一つとして候補に持っておこう」
というマインドがありました。
 
ゴキブリは誰も見向きもしないし(無知)、面白そうだと思ったからですね。
 
 
時を同じくして、当時、奥本大三郎訳「完訳・ファーブル昆虫記」が発売されました。
祖母が新刊が出るたびに送ってくれて、朝の読書でいつも読んでいました。
 
アルマスで昆虫と向き合い、観察と実験を重ねる。
 
無性に惹かれるその魅力に、
「どうにも一般化できないけれど、「ファーブルみたいな研究」がしたい」
と思ったのを憶えています。
 
 
 

2. 学部1年生

クチキゴキブリに出会う

大学に入学し、念願の昆虫採集を始めるべく、
(悪名高き?)生物研究部昆虫班に入ります。
 
まずは経験、と、先輩が誘ってくれた採集にはほぼすべて参加していました。
 
おかげさまで、九州、主な離島、マレーシア、台湾…と採集経験を積む中で、
クチキゴキブリを人生で初めて採集することに。
このときに「翅を食べるらしいよ」と教えてもらいました。
 
しかし、この時私は「なるほど」と思うだけであまり意に留めなかったんです。
むしろ、親が子育てをするという生態が珍しくて、そちらの方に興味を持っていました。
 

初めての学会参加(昆虫学会札幌大会)

生物研究部の先輩の勧めで、初めて学会を聞きに行ったのが、学部1年の昆虫学会でした。
 
それから学部時代は毎年昆虫学会に参加していました。
 
この2年後の昆虫学会で、研究テーマ決定のキーパーソンである鳴門教育大の工藤さんに会うのですが、
学部1年のときにこうして学会参加できたことで、学会への敷居が低くなり、毎年参加が普通になっていたことが功を奏したと思います。
 
いつ学会発表の機会が降ってくるかわからないですし、
学会の敷居は学部生のうちに低くしておいて損はないと思います。
 

研究室訪問

生物研究部の先輩に「生態科学研究室に昆虫の研究をしている人を知っている」と教えてもらったので、早速連絡を取りました。
(その人は古市さんという院生の方だったのだが、当時は研究室のことをよくわかっておらず、教員だと思い込んで、メールに「古市先生」と書いて送った、なんとも恥ずかしい思い出がある…。)
 
当日、ちょうど同じ日に友人も生態研を訪問するというので、一緒に行きました。
正直緊張していたからありがたいと思ったんです。
 
しかし、今思うと、研究室訪問は一人で行くほうがよいです。
 
理由は
  1. 自分の聞きたいことが聞ける
  2. 大勢のうちの一人にならない
の2点。
 
1. については、あなたよりも友人のほうが饒舌だった場合に悲惨な結果となります。
せっかく勇気を出して訪問したのに、何も気になることが聞けなかったということになりかねなません。
 
2. について。
研究室を訪問してくる学生というのは、それだけでとても意欲的な学生に映ります。
しかし、当然ながら、複数人で行くとあなたの印象は薄くなります。
どうせなら、教員の記憶に(いい印象で)残るようにしたほうがいいです。
 
私はこの後、動物生理学研究室も訪問しました。今はない研究室ですが、主に昆虫の神経などを扱っていた研究室です。
当時の市川准教授は後期入試の面接以来の仲で、大変良くしていただきました。
私が採集した虫を持っていくと、嬉しそうに走査型電子顕微鏡に突っ込んで写真をくれたのを憶えています。
配属の直前まで迷いましたが、市川先生の退官が近かったことと自分の興味を考え、最後には生態研に決めました。
しかし、この時助教でいらっしゃった山脇先生には今でもお世話になっているし、このときの訪問は無駄ではなかったと思っています。
 

授業「生態学I」の履修・自身の興味への疑念

1年後期、一番楽しみにしていた授業が開講しました。「生態学I」です。
生態学の概要として、植物の戦略や個体群の話がメインの講義でした。
 
しかしこの時思ったのです。「どこか自分の興味と違うぞ?」と。
 
 
私がやりたいのは生態学ではなかったのか?
 
では、今まで自分が「生態学」だと思っていた学問は何という名前なのか?
 
 

3. 学部2年生

図書館のマクロ生物学の書架を隅々まで調べる「君の名は?」

生態学Iを最後まで受けても、自分の興味のある学問が何なのかわからなかった私は、
大学の中央図書館で生態学関連の教科書的書籍を片っ端からめくっていました。
 
これは結構難題で、本のタイトルを見ても分からないものだから、とにかくまえがきを読んでみるしかない。しかし、その学問にすでに興味のある読者を想定しているのが普通なので、「タイトルにある〇〇学とは〜〜ですよ」と書いてある本ばかりではない。そして、中身を読んてみようとすると具体的な研究例ばかりだったりして、でもそれだけで帰納的な答えを見つけるには難しいことが多い。古いものだといきなり数式があるものもザラでした。
 
しかし、そんな中でも読んでいて面白い本にいくつか出会うことができました。
 
1つは「これからの進化生態学

 2009年初版発行なので、今となっては「これから」ではないですね。
しかし系統地理、性比、共進化など、かっこいい研究とでも言いますか、そんな研究ばかりが紹介されており、読んでいてわくわくするんです。
これを読んだ時「自分は進化生態学に興味があるのか?」とも思いましたが、興味がなくはないものの、どストライクではない気がしました。
 
言わずと知れた「ソロモンの指輪」

当時はタイトルだけ知っていて読んだことがありませんでした。
(ニシコクマルガラスがかわいいので、読んだほうがいいと思います笑)
著者ローレンツの研究が一般向けに解説されており、ドリトル先生的な物語の感覚で読める本です。

この本に載っている研究はローレンツたちが創設した「行動学」で、現在の「行動生態学」とは少し違います。
行動学は、少しざっくりしすぎだけど、自分の興味にとても近い気がしました。
 
 
この過程でよく分かったのは、
「自分は細胞でも個体群でもなく、個体というレベルを扱う研究に興味があるのだ」
ということ。
 
この対象のレベルというものが分かると、
自分の興味はかなり明確になります。
 
講義で、遺伝子と個体群を結びつける研究を聞いた時、レベルの数直線の端と端がくっついたようで、なんじゃそりゃと混乱した事がありました。
そんな経験もあり、自分なりに整理したところ、レベルが個体から小さい方にずれても、大きい方にずれても、興味が薄れることに気づいたのです。
 
 

原点回帰

「ソロモンの指輪」はどことなくファーブル昆虫記に似ていました。
その時ふと思い出したのです。
 
「ああ、私はファーブルのような研究がしたかったのだ」
 
家に帰ってファーブルを読み返し、「これだこれだ!」と確信を深めたのを憶えています。
私の興味は変わっていなかったと気づいた瞬間でした。
 
 

オーサキ・ミーツ・カスヤ

「では、生態学より名前はかっこよくない(当時の正直な感想)けれど、
私がやりたいのは「行動学」ということだろうか?」
 
生態研訪問のときに、昆虫の行動を研究しているのは粕谷准教授だと聞いていました。
 
ちょうど11月、行動学会の年次大会の時期で、今年は長崎、しかも来週末に開催されることをネットで知った私は、粕谷先生が参加者に入っているのを見て、衝動で高速バスを予約しそうになりました(学会の敷居が低すぎる問題)
 
同じ大学にいるのだからと考え直し、直接粕谷先生に会いに行くことにしました。
 
初めてのミーティング、怖い先生っぽい噂を聞いたような気がするけれど、直接話すとそんな人じゃないなと思った記憶があります。
 
自分の興味は行動学という名前であっているか粕谷先生に聞いたと思うのですが、よく憶えていません…。
正しくは行動生態学だよと言われたはずですが、たぶんその話題はすんなりと済んでしまったんでしょう。
 
そして、研究するならゴキブリの子育てorカミキリの産卵行動がやりたいと相談しました。
趣味で採集していたカミキリを見ていて、フトカミキリ亜科の産卵加工の生態にも興味があったのです。
 
漠然と、研究するならこのへんかな、と思っていたことを先生に話しただけで、特に深い考えはこの時ありませんでした。
 
しかし、粕谷先生からはもうこの時点で、「ゴキブリがいいんじゃない?」と言われたのです。
(当時の粕谷先生に何が見えていたのかはまだ聞いたことがないです)
 
3月にもう一度相談に行き、クチキゴキブリの子育てで何か研究を考えようという方針が固まりました。
 
 

4. 学部3年生

論文を読み始める

粕谷さんから「何が分かっていて、何が分かっていないのか、文献を読んで明確にしないといけない」と言われたので、見様見真似で文献検索し、クチキゴキブリの子育てを扱っていそうなものを読み始めました。
 
しかし、受験以来まとまった英文を読んでいない脳ミソに論文は重い…。
 
次の文を読んでいるうちに前の文を忘れるので、論理展開が追えないという始末。
仕方なく全文和訳していたので、1本読むのに何日もかかりました。
 
そうして苦労していくつか読むことができたのですが、「分かっていないこと」が見えてこない。読んでも成果が出ず、悶々としていました。
 

昆虫学会福岡大会「親子小集会」に参加

そんな折、また昆虫学会の季節になりました。
奇しくも福岡大会、九大で開催されるというのでいそいそと参加。
 
昆虫学会では、毎年「昆虫の親子に関する小集会」が工藤さん(鳴門教育大)と鈴木さん(北大)の企画で開催されています。
 
そして、なんとこの年は発表者として、私が読んでいたクチキゴキブリ論文を書いた一人である嶋田さん(石川県立自然史資料館)が招待されていたのです!
 
これを逃す手はない。あわよくば懇親会にも参加したい。
 
ということで、参加者の誰とも面識のない状態で、単身乗り込みました。
 
懇親会の席で、嶋田さんは論文のわからなかったところを質問すると、丁寧に教えてくださいました。
 
工藤さん、鈴木さんには、
「ゴキブリで子育ての研究を考えているが、テーマになりそうなものが見つからない」
と率直に相談したところ、工藤さんからこんな返答が返ってきました。
 
「ゴキブリでしかできないことをやりなさい」
 
子育てをする昆虫はゴキブリ以外にもいて、それらはこれまで研究手法が確立されており、同じことをわざわざゴキブリで研究する意味はあまりない。
ゴキブリの特徴を生かした、ゴキブリでしかできない子育ての研究でないと意味がないのだ、と。
 
それまで私は、クチキゴキブリを使えばそれで新しい研究ということにできることもあるのではと、甘い考えをどこかで抱いていました。
 
しかし、今思えばこのときそれを打ち砕かれてよかったと思います。
このままだったら、私は必死に研究テーマを探さなかったかもしれません。
 
ううむ、と考え込んでしまった私を見て、同じく懇親会に参加されていた小汐さん(鳴門教育大)が一言、こう言ってくださいました。
 
「行動学会に来てみたら?」
 
 

行動学会初参加

その年の行動学会は東京大会。
実家が宇都宮であることも手伝い、すぐに行くことを決意。
粕谷さんに相談すると「一度見ておいてもいいと思う」と言われたように思います。
 
昆虫学会が口頭中心なのに対し、ポスター中心の行動学会は新鮮でした。
ポスターは発表者と直接話ができるのがよかったです。
 
会場で工藤さん、小汐さん、鈴木さんに声をかけていただき、そのまま親子関係の研究者の方々との懇親会へ。
一気にこの分野の研究者の方と面識を持つことができてありがたかったです。
 
このときは他の方々の研究が面白く、子育てをするあらゆる虫について直接教えてもらう事ができました。
 
その反面「ゴキブリでできることなんて残っているのかな」とも思いました。
 
 

翅の食い合いに気づいた瞬間

ゴキブリでしかできないこと、というのは、要は「ゴキブリでしか見られない行動」を探す必要があるのではないか?
 
行動学会から帰ってきた私はそう考えて、ゴキブリの子育てを他と比較するも、ゴキブリでしか見られない行動は当時なかなか見つかりませんでした(今思えばいくつかあると思うのですが)。
 
他にゴキブリでしかない行動はないだろうか…?
 
「あ、そういえば、翅の食い合いは他で聞いたことないな」
 
子育てから翅の食い合いに転換した瞬間でした。
 
 

ようやく見えた研究テーマ

翅の食い合いは他の昆虫で本当に見つかっていないのだろうか、と思いましたが、ないことを調べるのは難しい。
 
ちょうど工藤さんから、毎年1月ごろに開催している「昆虫の親子に関する研究会」にお誘いいただいていました。
「ゴキブリでしかできないことをやれ」と言った張本人である工藤さんに、他の昆虫で翅の食い合いがないか研究会で直接聞いてみようと思い、参加することに。
 
懇親会で工藤さんに目の前に座り、思いついた経緯と翅を食い合う行動について説明。
すると、
 
「粕谷さんがいいと言うかわからないが、翅の食い合いだったら(面白いので)行動の記載から卒論でやらせてくれと言ってごらん。工藤がいいって言ったと伝えていいから笑。」
 
あっさりお墨付きをいただいてしまった。
 
 

研究テーマ決定

後日、粕谷さんにも説明。
 
「翅を食い合うのですが、基礎的なデータ取りから始めなくてはいけなくて…」

「いいですよ。」

「え、行動の記載から始めるということですが、いいんですか?」

「そこは本質的な問題じゃないからね。生態学的に意義があると教員が判断すれば問題ない。なかなかそういう事例がないだけだよ。」
 
それから粕谷さんは、オスとメスの翅の食い合いがどれほど珍しくて、生態学的にどんなおもしろい要素を含んでいるか、他の生物の事例をたくさん挙げることで教えてくれました。
 
このときまで、私は翅の食い合いが生態学的にどのくらいおもしろいネタか全く想像できていませんでした。
しかしここで、粕谷さん、工藤さんが拾ってくれたことで、今こうして面白がってもらえる研究ができています。
 
 

5. まとめ

翅の食い合いは最初は本当に思いつきレベルのアイディアでした。
しかし、そうやって思いつくことができたのは、翅を食い合うという生態を知っていたからです。
その知識も採集に出かけてクチキゴキブリを採集しなければ知ることはなかったでしょう。
翅の食い合いを思いついた後も、こうして研究テーマに昇華できたのは、それまでに学会参加して人脈を作って、複数の人に相談できていたことが大きいです。
 
よって、この記事を通して一番言えるのは
 
「行動せよ」
 
に尽きると思います。
 
何が将来に役立つかは分かりません。
しかし、自分次第ですべて役に立たせることができるんじゃないかな、と私は思っています。
人生のすべてに意味がある、というのは間違いで、人生で経験してきたもので勝負するのだからその結果すべてが意味のあるものになっていく、というのが正しいと思います。
 
そして、その要素(経験)は多いほうがよいのではないでしょうか。
自分のすべてを生かしきるテーマは自分にしかできないテーマとなる、ということだと思うからです。
 
また、テーマを思いつくまでには時間がかかります。私も、もう少し余裕で研究テーマが見つかるかと思っていたら、決定したのは4年生間近の2月だったので…。
だから、「行動せよ、なるべく早めに」ですね。
 
私がとった行動の例を挙げておきます。
  • 研究室訪問する
  • 教員に会いに行く
  • 分野の本を読み漁る
  • 学部のうちから学会に参加する
  • 実物を見る(採集、観察、飼育)
 
 
以上が学部生の私がたどった道でした。
 
どなたかの参考になれば幸いです。